相続専門コラム
株式の信用取引や先物取引など、レバレッジを効かせた取引の最中に相続が発生したら、保有中の建玉やポジションは一体どうなるのでしょうか?
証券会社の口座は、原則として名義人本人が管理しなければなりません。たとえ家族であっても、本人以外の人が勝手に取引することはできないのです。
しかし、レバレッジを効かせた取引は短期間で激しく価格が変動することがあります。被相続人の死後、運悪く相場が暴落してしまったら……。死後、取引の決済はいつ行われるのか、相続財産の評価額は一体どうなるのかが気になりますよね。
今回は、株式の信用取引や先物取引における相続発生時のリスクや評価額について解説します。
目次
ここでは被相続人が信用取引や先物取引をしている最中、いわゆる建玉やポジションがある状態で相続が発生した時の流れとリスクを解説します。
現物株式や投資信託、債券といった有価証券は、相続が発生してもそのまま保有でき、遺産分割協議が終われば相続人の口座に振替・移管手続き可能です。
対して、株式の信用取引や先物取引といった「少額の保証金(証拠金)にレバレッジを効かせて高額な取引を行う」場合、原則として保有中の建玉やポジションは相続できません。これはオプション取引やFX、CFD取引における建玉・ポジションも同様の扱いです。
信用取引や先物取引の最中に被相続人が亡くなると、証券会社は死亡の事実を確認したうえで保有中の建玉やポジションを強制決済します。
ただし、この強制決済には時間がかかるため注意が必要です。
証券会社は、信用取引や先物取引をしていた被相続人(口座名義人)の死亡の事実を確認すると、被相続人口座で保有されていた建玉・ポジションを反対売買等によって強制決済します。
連絡をしてすぐに強制決済されるわけではありません。証券会社に相続発生の旨を連絡すると、証券会社は相続人代表者に相続関係の書類や信用建玉決済依頼書など、所定の書類を用意するように求めます。相続人がこれら所定の書類を用意し、すべての書類が不備なく受理されたうえでようやく決済が行われるのです。
つまり、証券会社に相続発生の連絡をしてから書類を用意して送付し、受理されるまでの間、建玉やポジションは保有したまま、放置されたままの状態になります。書類の準備に時間がかかったり、そもそも取引を知らなかったりすれば、その分放置される期間が長くなるため、以下のようなリスクが考えられます。
信用取引や先物取引で保有中の建玉やポジションが放置状態になると、急激な価格変動に対処できません。
そもそもレバレッジを効かせた取引は、短期間の価格変動を活かして利益を得ようとする投資です。取引や相場の状況によっては、たった数分で含み益がある状態から大幅な含み損がある状態に変動することはザラにあります。
相続発生後に相場が暴落し、含み損が膨らみすぎると保証金(証拠金)が不足し、追加の保証金または追加証拠金を要求されます。いわゆる「追証」です。追証が発生すれば、翌営業日など指定された期日までに追加入金をしなければなりません。追加入金を解消できなければ建玉は強制決済され、損失が確定します。
さらに、信用取引や先物取引において、相続税評価の基準日は強制決済日とは違う日になることがほとんどです。
それにより「相続税評価の基準日には含み益があったのに、強制決済日には大幅に値下がりしてしまい、相続税を払ったのに財産はほとんど残らない」なんてことになる可能性もあります。
先物取引は月に1回のSQ日に自動決済されるため、建玉の長期保有はできなくなっています。とはいえ、暴落などによる価格変動は数分・数時間単位で発生するため、安心はできません。また、株式の信用取引は保有期間が長引くほど手数料がかさみます。どちらにしても、建玉を放置するメリットはないのです。
信用取引や先物取引において建玉やポジションは相続税評価の対象にはならず、強制決済されます。
ただし相続税評価の対象になるのは強制決済日ではなく、「相続発生日~相続発生日以前」に基準日が設定されています。相続税評価の対象になる基準日は取引の方法によって異なるため、注意が必要です。
信用取引で株式を買い建てしていた、いわゆる信用買いの場合は、上場株式の現物取引と同様の相続税評価になります。相続税の評価ポイントは以下の4つです。
※相続発生日が土日祝日などで市場が開いていない場合、相続発生日にもっとも近い日の終値が基準となる。
※相続税評価は終値に建株数を乗じて計算する。
信用買いについては、上記4つの中からもっとも低い金額を選べるようになっているため、相続税評価額の調整が可能です。
→上場株式相続税評価額の計算は簡単! 株価の調べ方や申告書の記入方法も解説
たとえば相続発生日の終値が840円でも、月の平均額が600円であれば600円を基準に相続税評価されるため、他の取引に比べて相続税の圧縮効果が期待できます。ただし、証券会社によって強制決済された時点の株価によっては、決済時に損失が出る恐れもあるため、十分に気を付けながら取引しましょう。
株価の終値や平均額については証券会社が発行する残高証明書で確認できるため、個別で調べる必要はありません。ただし、残高証明書の発行には依頼が必要です。
信用取引で株式を売り建てしていた、いわゆる信用売りの場合は、相続発生日の終値で評価額が計算されます。評価額の対象になるのは、以下の財産から債務や手数料等を差し引いた金額です。
※上記はいずれも相続発生日の終値が基準となる
株式の信用売りの場合は信用買いと違い、月の平均額を採用することはできません。なお、売り建ての金額などについても、証券会社が発行してくれる相続発生日の残高証明書で確認できます。
先物取引の場合、買い建ても売り建ても同様に、相続発生日の終値で評価額が計算されます。
評価額の対象になるのは、以下のとおり財産から債務や手数料等を差し引いた金額です。
※上記はいずれの相続発生日の終値が基準となる。
こちらについても、相続税評価額の対象となる先物の評価額や建代金等は残高証明書で確認できます。
信用取引や先物取引では、相続発生以前の平均値か相続発生当日の価格が評価額として採用されます。しかし、先述のとおり相続発生から実際に決済されるまでには時間のズレがあります。相続発生から書類の受付等を経て証券会社によって建玉が強制決済された時、実際に確定した損益はどうなるのでしょうか。
実は、強制決済によって発生した損益は被相続人ではなく、相続人に帰属します。株式の信用取引で得た利益は譲渡所得、先物取引で得た利益は雑所得扱いとなります。相続人が会社員の場合、給与所得と退職所得以外に得た所得が20万円以下であれば、確定申告する必要はありません。
しかし20万円以上ある場合は、確定申告が必要です。
なお、信用取引で被相続人が「源泉徴収ありの特定口座」を選んでいる場合、利益にかかる税金は被相続人の特定口座から源泉徴収されてしまうため注意が必要です。源泉徴収された税金の扱いは証券会社によって異なりますが、たとえばSBI証券ではいったん特定口座内で強制決済された後、相続手続き完了後は一般口座に資金が移されます。
これらの対応をまず各証券会社に確認のうえ、相続人の確定申告に必要な手続きを進めてください。
信用・先物取引などレバレッジのある取引では、相続税評価の基準になる日(多くは相続発生日)と強制決済日(相続発生の後。書類受付が完了してからのため数週間後になる可能性も)にズレが発生します。
建玉を保有したまま被相続人が亡くなってしまうと、最悪の場合には「相続税はかかるのに実際の財産は手元に残らない」なんて事態になる可能性も考えられます。このような事態を避けるためにも、レバレッジをかけた取引を行う際は以下の対策を行いましょう。
1.家族に取引状況を共有しておく
自分の死後、取引している証券会社にすぐ連絡できるよう、生前から家族に取引状況を知らせておきましょう。家族に取引のことを知らせたくない場合は、死後すぐ発見してもらえるよう遺言書等と一緒にメモを残しておくことをおすすめします。
2.保証金・証拠金は現金で。余裕をもって口座に用意しておく
たとえ相場が暴落したとしても、現金で保証金・証拠金を潤沢に用意しておけば追証が発生することはそうありません。限度枠ギリギリの取引をせず、常に余裕をもって口座に資金を用意しておくことが大切です。
3.年齢を重ねたら少しずつ現金化していく
ある程度の年齢になったら、相続を見越して保有建玉・ポジションを持ちすぎないようにしましょう。可能であれば家族に相談し、少しずつ決済して現金化していけば、相続させやすくなります。
投資や資産に対する価値観は人それぞれです。ただ、レバレッジのある取引においては価格変動のリスクがあるため、相続発生と相場の暴落が重ねれば大切な家族や相続人が困窮する可能性もあります。
せっかく取引で築いた財産を次世代に相続していくためにも、生前からできる限り家族に取引状況や証券会社について共有しておき、余裕を持った取引を心がけてください。また、ある程度高齢になったら、これまで築いてきた財産を棚卸し、各口座に散らばっている財産をきちんと記録して管理することも大切です。
棚卸の際に、保有ポジションの数は適切か見直し、適宜現金化していくことも検討してください。
相続発生時、被相続人が保有していた信用取引や先物取引の建玉・ポジションは証券会社によって強制決済されます。ただし、証券会社はすぐに強制決済を行うわけではありません。相続人から連絡を受けた後、所定の書類を受理し、死亡という事実を確認するまでは建玉・ポジションは放置されたままになります。
さらに、相続税評価の対象になるのは相続発生当日か相続発生以前の平均額などで、強制決済日の価格は評価の基準になりません。相続税評価の基準日と実際の建玉・ポジション決済日が異なるということは、納税額と実際の財産額にズレが生じる可能性があるということです。
もしも相続発生後に急激な価格変動があれば、最悪の場合は「相続税はかかるのに財産はたいして残らない。逆に借金が残る」可能性もあるのです。逆に、相続発生後に含み益が膨らみ、思わぬ利益を得られることもあるでしょう。ただしその場合、決済時の利益は相続人に帰属するため、必要な場合に確定申告を忘れないように気をつけてください。
レバレッジのある取引は、投資対象の価格変動を元に利益を得る取引です。価格変動のリスクを理解したうえで、ご紹介した生前対策のもと、取引を行ってください。
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服部ゆい
京都市在住。金融代理店にて10年勤務したのち、2018年よりフリーライターとして独立。
金融・不動産・ビジネス領域の取材・執筆を中心に活動中。
監査法人トーマツ、独立系コンサルティング会社で業務の経験を積み、2013年に相続税専門税理士として独立。相続において大切なことを伝えるべく「笑って、学んで、健康に」をモットーに、社会人落語家「参遊亭英遊」としても活躍。高座に上がる回数は年間80回超。著書に『知識ゼロでもわかるように 相続についてざっくり教えてください』(総合法令出版)がある。 HP:埼玉・大宮あんしん相続税相談室