相続専門コラム

【元国税専門官が解説!】相続時精算課税「110万円控除」の活用法~まだ間に合う節税効果と注意点~

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「生前贈与、やった方がいいとは聞くけど、最近ルールが変わってよく分からない…」 「うちも相続税対策を考えたいけど、新しい制度で何がどう変わったの?」

大切な資産を次の世代へスムーズに引き継ぐための「生前贈与」。暦年贈与と相続時精算課税がありますが、この制度が2024年1月から大きく変わりました。この記事では、元国税職員である私が、生前贈与の新ルールを分かりやすく紐解き、具体的な節税効果、そして見落としがちな注意点まで、徹底的に解説します。

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そもそも生前贈与とは?

まず、今回の新ルールを理解するために、生前贈与の基本について簡単におさらいしておきましょう。

生前贈与とは、文字通り「生きている間に」「自分の財産を」「誰かに無償で贈ること」を指します。贈る人を「贈与者」、もらう人を「受贈者」と呼びます。贈与する財産は、現金や預貯金だけでなく、不動産、株式など、金銭的価値のあるものなら基本的に何でも対象になります。

生前贈与が相続税対策として注目される最大の理由は、将来相続が発生した際に課税対象となる「相続財産」を、生きているうちから減らしておくことができるからです。相続財産が少なくなれば、それだけ相続税の負担も軽くなる可能性があります。

ただし、贈与を受けた場合、「贈与税」がかかるおそれがあることに注意が必要です。税負担を下げるには相続財産を減らすとともに、贈与税を抑える工夫が求められます。

【重要】生前贈与の新ルール!2つの大きな変更点を徹底解説

それでは、いよいよ本題である2024年1月1日以降の贈与から適用される「新ルール」について詳しく見ていきましょう。贈与税の計算方式は「暦年課税制度」と「相続時精算課税制度」の2つがあるので、それぞれのしくみを押さえるのがポイントです。

暦年課税における「生前贈与加算」の期間が3年から7年に延長

暦年課税制度は、1年間(1月1日~12月31日)に一人の人がもらった財産の合計額が110万円までであれば、贈与税がかからず、申告も不要という制度です。この枠を利用して、毎年コツコツと贈与を行うことで、相続財産を減らす手法が広く行われてきました。

これまで、暦年課税制度を利用して贈与された財産のうち、相続開始前「3年以内」に行われたものは、相続財産に持ち戻して相続税を計算するルール(生前贈与加算)がありました。つまり、亡くなる直前の駆け込み贈与による節税効果を制限する仕組みです。

ところが、法改正によって、この持ち戻し期間が2024年1月1日以降の贈与については「3年」から「7年」に延長されました。この延長は2024年1月1日以降に行われた贈与から適用され始め、相続財産に加算される期間は相続発生日に応じて段階的に長くなります。最終的に、相続開始前7年間の贈与が加算対象となるのは、2031年1月1日以降に発生する相続からです。 

ただし、延長された4年間(死亡前3年超~7年以内)に行われた贈与については、その合計額から100万円を控除できるという緩和措置が設けられています。これは、少額の贈与を長期間続けてきた方々への配慮と言えるでしょう。

相続時精算課税制度に年110万円の「基礎控除」が新設

相続時精算課税制度とは、 原則として60歳以上の親または祖父母から、18歳以上(令和4年3月31日以前の贈与については20歳以上)の子や孫に対して財産を贈与する場合に選択できる制度です。累計2,500万円までは特別控除として贈与税がかからず、超えた部分には一律20%の贈与税がかかります。ただし、この制度で贈与した財産は、贈与者が亡くなった際に相続財産に持ち戻して相続税が計算されるため、直接的な相続税の節税効果は限定的でした。

2024年1月1日以降、この相続時精算課税制度について、暦年課税の基礎控除とは別に、年間110万円の新たな「基礎控除」が創設されました。この新設された基礎控除の枠内(年間110万円まで)について、次の2つのメリットがあります。

  • 贈与税の申告が不要(※ただし、初めて相続時精算課税を選択する年、または基礎控除を超える贈与があった年は申告が必要です)。
  • そして何より、この110万円の基礎控除を使って贈与された財産は、相続時に持ち戻す必要がありません。

つまり、相続時精算課税制度を選択しつつ、毎年110万円までは確実に非課税で資産を移転でき、かつ、それが将来の相続税計算にも影響しない、という大きなメリットが生まれたのです。

これにより、例えば「特定の子供に早めにまとまった資金を渡したいが、将来の相続税も気になる」といった場合に、相続時精算課税制度を選択し、2,500万円の特別控除とは別に、毎年110万円ずつコツコツと非課税で贈与を積み重ねていく、という戦略が非常に有効になりました。

暦年課税の110万円控除と似ていますが、相続時精算課税の新しい110万円控除は、前述の「7年持ち戻しルール」の対象外であるという点が大きな違いであり、魅力です。ただし、相続時精算課税制度を選択した場合の大きな注意点として、「一度選択すると、その特定の贈与者からの贈与については暦年課税に戻ることができない」という点があります。これは新制度で年間110万円の基礎控除が設けられた後も変わらない重要なルールです。

新ルールでどう変わる?生前贈与の賢い活用法と節税戦略

暦年課税制度の持ち戻し期間が7年に伸びるということは、より長期的かつ計画的な生前贈与が必要になるということです。「亡くなる少し前にまとめて贈与すればいい」という考え方は通用しにくくなりました。

さて、これらの新ルールを踏まえて、私たちはどのように生前贈与を活用していけば良いのでしょうか。まず悩むのが、「暦年課税」と「相続時精算課税」のどちらを選ぶべきか、という点です。

これは、贈与者の年齢、財産規模、相続人の数、誰に何を贈与したいかなど、個別の状況によって最適な選択が異なりますが、次の要素を踏まえて検討するのが基本です。

暦年課税が依然として有効なケース

  • 贈与者がまだ若く、相続開始まで7年以上あると見込まれる場合: 7年の持ち戻しリスクを回避できる可能性が高いため、毎年110万円の非課税枠をコツコツ活用するメリットは大きいです。
  • 多くの人に少額ずつ贈与したい場合: 子や孫だけでなく、例えば子の配偶者など、相続人以外にも贈与したい相手がいる場合、暦年課税は受贈者ごとに110万円の枠を使えるため有効です。
  • 相続時精算課税の2,500万円の特別控除枠を既に使い切っている、または使う予定がない場合。

相続時精算課税を選択した方が有利になる可能性のあるケース

  • 贈与者の年齢が高く、相続開始が7年以内に起こる可能性が高い場合: 暦年課税だと持ち戻しのリスクがありますが、相続時精算課税の新基礎控除(年110万円)は持ち戻しの対象外なので有利です。
  • 特定の相続人(子や孫)に、将来値上がりが確実に見込まれる財産(例:開発予定地近くの土地、成長期待の自社株など)を早めに贈与したい場合: 相続時精算課税では、贈与時の時価で相続財産に加算されるため、贈与後に値上がりした分の相続税を節約できます。さらに年間110万円の非課税枠も活用できます。
  • 将来、確実に相続税がかかると予想され、特定の相続人に早めにまとまった資金を非課税で(一部)渡したい場合: 2,500万円の特別控除と、毎年の110万円の基礎控除を組み合わせて活用できます。

生前贈与の注意点と税務調査のポイント

新しい制度を上手に活用するためには、税務署がどのような点に着目するのかを知っておくことが不可欠です。具体的には、次の点について注意しておきましょう。

証拠をきちんと取っておく

まず、贈与の証拠をきちんと取っておくことを意識することです。「あげた」「もらった」という口約束だけでは、税務署に対して贈与の事実を証明するのは困難です。必ず贈与契約書を作成し、贈与者と受贈者がそれぞれ署名押印しましょう。できれば毎年作成するのが理想です。

お金の流れについても客観的な証拠が求められます。できるだけ現金手渡しではなく、銀行振込を利用するなど、お金の流れが客観的に追えるようにしておくことが重要です。振込記録は大切な証拠となります。

そして、もらった財産の管理は受贈者が行うことも忘れてはいけません。贈与された預金通帳や印鑑、キャッシュカードなどは受贈者が管理し、実際にその財産を使える状態にしておく必要があります。もしも贈与者が管理し続けていると、相続税調査などの際に名義預金と判断されるリスクが高まります。

暦年贈与の持ち戻し期間が7年になったことで、過去の贈与に関する記録(贈与契約書、振込記録など)を長期間保管しておく必要性が増しました。いつ相続が発生しても対応できるように、整理しておきましょう。

税務署はココを見ている! ~元国税職員の視点から~

税務調査において、生前贈与は非常にチェックされやすいポイントです。元国税職員の経験から、特に注意して見られる点をいくつか挙げます。

  1. 被相続人の預金移動のチェック: 亡くなる前数年間の預金口座の入出金履歴は詳細に調査されます。特に大きな金額の出金や、家族名義口座への送金は、その使途や贈与の事実関係を厳しく問われます。
  2. 受贈者の資力との不突合: 例えば、収入の少ないはずの孫が多額の預金を持っている場合など、その原資がどこから来たのかを調査します。これが贈与であるなら、適切な申告がされているかを確認します。
  3. 名義預金・名義株の徹底調査: 先述の通り、名義だけが子や孫になっていても、実質的に被相続人が管理・運用していたと判断されれば、それは被相続人の財産として相続税の対象となります。

生前贈与の計画や実行、そして将来の相続までを見据えた対策は、非常に専門的な知識が求められます。特に今回の新ルールは複雑な面もあり、個々の状況に応じた最適な判断が必要です。

ご自身の状況をしっかりと把握し、どの制度が最もメリットがあるのか、どのタイミングで誰に何を贈与するのが良いのかを慎重に検討することが大切です。そして、贈与の事実は明確な証拠をもって残すことを忘れないでください。

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小林 義崇(フリーライター・元国税専門官)

元国税専門官、マネーライター。 Y-MARK合同会社代表。一般社団法人かぶきライフサポート理事。 2004年に東京国税局の国税専門官として採用され、都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応等に従事。 2017年7月、フリーライターに転身。「すみません、金利ってなんですか?」(サンマーク出版)、「元国税専門官がこっそり教えるあなたの隣の億万長者」(ダイヤモンド社)など著書多数。YouTubeチャンネル「フリーランスの生活防衛チャンネル」を運営。 HP:元国税ライター小林義崇のページ

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