相続専門コラム
「亡き父親が経営していた賃貸アパートを相続し、大家業を引き継いだ」こんなとき、下記のような疑問や不安が生じる人は少なくないでしょう。
結論を言うと、大家が亡くなっても賃貸借契約は終了せず、大家の相続人に引き継がれます。また、賃貸借契約自体は相続財産の対象にはなりません。
本記事では、賃貸物件の大家が亡くなった際の契約承継から家賃対応、相続手続きの流れまで解説し、賃貸借契約の相続に関するよくある疑問も掲載しています。大家業を引き継ぐことになった方の参考になれれば幸いです。
目次
無料で使える 相続税申告書作成ソフト『AI相続』 なら、フォームに沿って入力するだけで簡単に申告書が完成!
複雑な計算もAI相続におまかせ。
さらに、土地評価など節税につながる部分だけを税理士に依頼することも可能です。

賃貸物件を所有していた大家(貸主)が亡くなっても、大家と入居者(借主)間の賃貸借契約が自動的に終了することはありません。
相続の開始によって、大家としての地位は相続人にそのまま引き継がれ、契約内容は有効に続きます。大家死亡時の主な相続ルールは下記のとおりです。

遺言がなければ、ひとまず「相続人全員」が賃貸借契約に基づく大家の地位を承継します。その後は遺産分割協議で誰が賃貸物件を相続するのか話し合い、相続人を確定させます。
なお、相続発生時に有効な遺言書がある際は対応が異なります。原則として、遺言で指定された人が賃貸物件を相続し、あわせて大家業も引き継ぎます。ただし、相続人全員の合意がある場合は、遺言内容とは異なる遺産分割を行うことが可能です。
相続人は賃貸借契約に基づく大家の地位をすべて引き継ぎます。そのため、賃貸借契約締結時に入居者から預かっている敷金があれば、相続人が返還に応じなければなりません。
たとえば、亡くなった大家が生前結んだ賃貸借契約で敷金を預かっていたとします。相続発生後、該当の入居者が退去する際は、生前の大家が預かっていた敷金を相続人が返還しなければならないのです。
遺産分割協議の最中でも入居者が退去する可能性はあります。場合によっては、相続財産を受け取る前にまとまった敷金を支払う必要があるためご注意ください。
大家が亡くなったとはいえ、「自分は賃貸経営をやりたくない」という相続人もいるでしょう。相続人が1人しかいない場合や、すべての相続人が不動産の相続を拒否し、遺産分割協議がまとまらない場合などが考えられます。
このように相続人側が賃貸経営に抵抗を示していても、生前の大家が結んだ賃貸借契約は簡単に解除できません。借地借家法第28条では建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件を定めており、「正当な事由があると認められる場合でなければ、(解約の申し入れは)することができない」としているからです。
正当な事由の例には、「大家自らが居住するために建物が必要」「建物の老朽化」などがあります。借地借家法は入居者の権利を強く保護しているため、大家が死亡した(相続の発生)というだけでは、正当な理由とは認められにくいのが現実です。

生前の大家が管理会社に家賃回収などを委託していた際の「賃貸管理委託契約」は、民法第653条における委任契約の原則にしたがい、大家の死亡(相続発生)によって終了します。
ただし、民法第654条では、“委任が終了した場合においても急迫の事情があれば、受任者(管理会社)は委任者(亡き大家)またはその相続人のための必要な処分をしなければならない”とも定めています。
つまり、大家が死亡して賃貸管理委託契約が終了しても、管理会社が即座に管理委託業務をやめるとは限りません。管理会社は亡き大家やその相続人の利益を保護するため、必要な処分を行う義務があります。そのため、家賃回収などは引き続き対応してもらえる可能性があります。
まずは管理会社に大家死亡の旨を連絡し、契約内容と今後の管理委託業務についてどうなるのかを確認しましょう。場合によっては、大家業を引き継いだ相続人が新たに管理会社と契約を結び、管理委託業務を継続することも可能です。

複数の相続人がいると「誰が大家業を引き継ぐのか」を遺産分割協議で決定します。
ただし、話し合いの最中にも家賃は発生しているため早急な対応が必要です。また、家賃発生の時期によって財産処理の方法が異なるため、下記表を参考に対応してください。
| 家賃発生の時期 | 家賃回収の対応 | 財産処理の対応 |
|---|---|---|
| 相続発生前の家賃 | 管理会社あり→管理会社が回収 管理会社なし→被相続人が回収 | 相続財産 (相続税の対象) |
| 相続発生~遺産分割協議中の家賃 | 管理会社あり→早急に管理会社に連絡 管理会社なし→早急に入居者に連絡 | 各相続人の財産として、法定相続分に応じて受け取る (所得税の対象) |
| 遺産分割協議終了後(相続人決定後)の家賃 | 相続登記後、正式な大家と家賃振込先を入居者に連絡する | 相続財産 (相続税の対象) |
被相続人が生前に委託していた管理会社があれば、まず相続発生の旨を連絡して、今後の家賃回収業務をどうするか確認しましょう。
被相続人が自ら家賃回収を行っていた場合は、速やかに入居者に連絡し、家賃の振込先変更を依頼する必要があります。遺産分割協議が終わるまでは、相続人の誰かが代表して家賃を受け取るようにしてください。
なお、未分割期間に代表者が受け取った家賃は、それぞれの相続人が法定相続分に応じて受け取る権利を持つ点に注意してください。
自ら大家業を行っていた父親が死亡し、家賃回収業務は取り急ぎ母親(配偶者)が代表して行うことになったとします。その後、半年かけて遺産分割協議を行い、長男が大家業を引き継ぐことになりました。
この場合、家賃の扱いは下記のとおりとなります。
遺産分割協議によって賃貸物件の正式な相続人が長男に決まっても、未分割期間中に受け取った家賃を長男にすべて渡す必要はありません。上述のように、未分割期間中の家賃はすべての相続人に受取義務があるのです。

大家(被相続人)が死亡した後、具体的な相続手続きは下記の手順で進めていきます。
相続発生後も入居者との賃貸借契約は有効に存続しています。遺産分割協議の最中に実務が発生する可能性もあるため、まずは大家業を管理会社に委託していたのかどうかを確認してください。
管理会社に委託していた際は、家賃回収を含めた大家業について今後どうすべきなのか、契約内容とあわせて確認してください。管理会社への委託がなく被相続人が自ら大家業をしていた場合は、相続人が決まる前でも家賃の振込先変更通知が必要です。
被相続人が自ら家賃回収を行っていた場合は、早急に家賃の振込先変更通知を出しましょう。
被相続人名義の口座は死亡と同時に凍結されます。振込先を変更しなければ、協議が終わるまで家賃を受け取れないほか、入居者からの連絡をスムーズに受け取れない可能性があります。
家賃の振込先は、相続人の中から代表者を決めて通知しておくとよいでしょう。
相続人が複数いる際は、誰が物件を相続して新しい大家(貸主)になるのかを決めなければなりません。対象の賃貸物件の賃貸借契約の状況を確認したうえで、遺産分割協議を進めましょう。
なお、遺言で指定があれば遺産分割協議は不要です。相続人全員の合意があれば、遺言内容とは違う人が賃貸物件と大家業を引き継いでもかまいません。
遺産分割協議で新しい大家が確定したら、法務局で相続登記を行い、物件の名義を被相続人から新しい大家に変更します。2024年4月1日より、不動産を相続した人は、原則としてその事実を知った日から3年以内に相続登記を完了させることが義務付けられています。
相続登記をしなければ、大家としての地位を法的に主張できません。仮に入居者が家賃を滞納しても、法に則った請求ができない可能性があります。相続人が確定したら速やかに相続登記を行いましょう。
相続登記の詳細はこちらの記事でも詳しく解説しているため、合わせてご確認ください。
相続登記が完了したら、入居者に対して改めて新しい大家を通知します。
【通知内容】
通知方法は、生前の大家(被相続人)が入居者と結んでいた賃貸借契約書の定めにしたがって行います。なお、相続後の大家業を管理会社に委託する場合は、入居者通知も管理会社が対応するケースがほとんどです。
相続で大家(貸主)が変更になっても、原則として賃貸借契約書を新しく作り直したり、書き換えたりする必要はありません。しかし、実務上では今後のトラブルを防止するため、新しい大家と入居者の間で「覚書」を締結することが多くあります。
【一般例:大家変更時の覚書への記載内容】
家賃の振込先誤りを防ぐためにも、大家が変更になった旨は覚書で明確に記載しておくと安心です。
話し合いがまとまらずに遺産分割協議が長期化する可能性があるときは、下記の対応を検討してください。
相続登記の申請期限は、「不動産(土地・建物)を相続で取得したことを知った日から3年以内」と定められています。しかし、現実的には相続人や財産調査に時間がかかる、話し合いがまとまらないなどで3年以内の登記が難しい場合もあるでしょう。
遺産分割協議が長引きそうなときは、「相続人申告登記」という簡易的な制度利用も検討してみてください。
相続人申告登記とは、対象の不動産を相続したことを法務局に申し出ることで、いったんは登記義務を履行したとみなされる制度です。特定の相続人が単独で申し出ることも、他の相続人を含めて代理で申し出ることも可能です。

ここでは、賃貸借契約の相続に関してよくある疑問とその回答をまとめました。
A.いいえ。賃貸借契約そのものや、相続後に発生した家賃収入は相続財産になりません。
相続税の課税対象になるのは、賃貸借契約を行っている土地や建物そのものです。相続発生後の家賃収入は相続人の所得として、一定額を超えると確定申告の対象になります。
なお、被相続人が亡くなる前に支払期日が到来していた未収家賃は相続財産です。詳細はこちらの記事で解説しています。
A.はい。物件を相続した際にアパートローン(投資用不動産ローン)の残債があれば、マイナスの財産として相続の対象となります。
相続税を計算する際には、賃貸アパートや他の相続財産などプラスの財産から、ローン残債などマイナスの財産を差し引くことが可能です。
ただし、被相続人が団体信用生命保険(団信)に加入していた場合、ローン残債は団信の保険金によって完済されます。
アパートローンの負担が重いときは、相続財産からマイナスの財産(ローンなど)を清算し、財産が余ればそれを引き継ぐ「限定承認」という方法があります。相続財産の範囲内でローンを精算する方法になるため、アパートだけを相続してローンだけを放棄することはできません。
本当です。相続税の評価において、賃貸物件は土地・建物の評価額が一定割合減額されます。

さらに、一定の要件を満たす賃貸物件の敷地部分には「小規模宅地等の特例」を適用できるため、相続税評価額を大幅に下げることが可能です。
賃貸アパート経営など収益不動産投資が「相続税対策に有効」と言われるのは、こうした評価減の特例があるからです。

賃貸借契約の対象となる不動産を相続税申告書に記載する際、必要な申告書は下記のとおりです。
なお、相続税申告に必要な賃貸物件の敷地(土地)の評価計算は複雑で注意が必要です。
同じ地域の土地でも、接道状況や形状によって評価額は異なるうえ、複数の減額要素があります。適切な評価ができなければ、実際よりも多い相続税を払ってしまったり、税務調査で指摘を受けたりする可能性もあるでしょう。土地評価はできる限り税理士や税務署などへの相談をおすすめします。
みなと相続コンシェルでも、土地評価を正しく行う「土地評価サービス」を実施しています。相続専門の経験豊富な税理士が適切な土地評価を行います。正しい評価によって大幅に節税できる可能性もあるため、少しでも不安のある人、適正な節税を行いたい人はぜひお声がけください。
京都市在住。 金融代理店にて10年勤務したのち、2018年よりフリーライターとして独立。 金融・不動産・ビジネス領域の取材・執筆を中心に活動中。
監査法人トーマツ、独立系コンサルティング会社で業務の経験を積み、2013年に相続税専門税理士として独立。相続において大切なことを伝えるべく「笑って、学んで、健康に」をモットーに、社会人落語家「参遊亭英遊」としても活躍。高座に上がる回数は年間80回超。著書に『知識ゼロでもわかるように 相続についてざっくり教えてください』(総合法令出版)がある。 HP:埼玉・大宮あんしん相続税相談室