相続専門コラム
亡くなった人が友人や知人にお金を貸していたり、事業で未回収の売掛金があったりすると、それらのお金を請求する権利は「債権」として相続人に引き継がれます。
とはいえ、相続人にとって請求相手の多くは見知らぬ他人です。どのように請求手続きを進めればよいのか、わからない人がほとんどでしょう。そこで本記事では、債権相続時に確認すべきポイントや回収の流れを具体的に解説します。
なお、債権の時効間近でとにかく時間がない人には、時効を防ぐ方法をまとめて紹介しています。差し迫った状況の方は「【一覧表】時効の完成を防ぐ方法」をご参照ください。
目次
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相続によって債権を引き継いだ人は、真っ先に下記のポイントを確認してください。
まずは、債権の契約内容が有効だと証明する文書があるかどうかを確認します。
民法では口頭での契約も有効に成立するとされていますが、契約内容を証明できる文書がなければ現実的に債権回収は困難です。「●●にお金を貸した」などのメモを見つけた人や被相続人から話を聞いていた人は、まず証拠となり得る文書を探してみましょう。
【契約内容を証明する文書の例】

上記の他、契約内容が具体的に記載されたメールやLINE、会話の録音も有効な証拠となる可能性があります。被相続人のスマホやパソコンでメール等の履歴を確認し、「返済はいつになるのか」「●●日までに返済します」といったメッセージのやり取りないかどうかもチェックしてみてください。
債権には、一定期間権利を行使しなければ、その権利が消滅してしまう「消滅時効制度」があります。
相続発生時にすでに滞納が数年続いている状態だと、消滅時効の期間に掛かっている可能性があるため要注意です。
なお、2020年4月1日に施行された債権法改正により、消滅時効の期間は債権の発生時期によって異なります。債権の内容を特定した後は、その債権の発生時期が2020年3月31日以前か4月1日以降かを確認してください。

被相続人の貸し借りや売掛金=債権が発生した時期が2020年3月31日以前の場合、消滅時効の期間は下記のとおりです。
| 起算点 | 時効期間 |
| 【原則】債権の権利を行使することができる時から | 原則、10年(個人間のお金の貸し借りなど) |
| 【商行為】権利を行使することができる時から | 5年(消費者ローンの過払金請求など) |
| 【職業別】権利を行使することができる時から | ・1年:飲食料、宿泊料など ・2年:小売業・卸売業の売掛金、弁護士報酬など ・3年:医師・助産師の診療報酬など その他、職業別に異なる |
個人間のお金の貸し借りは原則10年ですが、被相続人の事業による債権であれば職業別の短期消滅時効制度が適用されます。上記表のとおり、職業によって時効期間が異なる点に気を付けてください。
2020年4月1日以降に発生した債権には改正後の民法が適用されます。改正後は職業別短期消滅時効制度が廃止され、時効期間がよりシンプルに統一されました(民法第166条)。
| 起算点 | 時効期間 |
| 【原則】権利を行使できると知った時から | 5年 |
| 【原則】権利を行使することができる時から | 10年 |
なお、上記表の「知った時」と「行使することができる時」は、同じ場合と異なる場合があります。たとえば、個人間のお金の貸し借りや事業の売掛金といった契約上の債権は、知った時・行使することができる時が同じです。よって、契約に基づく債権の消滅時効期間は基本的に5年と覚えておきましょう。
対象の債権が消滅時効の期間を過ぎていても、回収できる可能性はあります。
実は、消滅時効は期間の経過で自動的に完成するものではありません。所定の時効期間が経過したうえで、債務者が「時効による利益を受ける」という旨の意思表示をして(「時効の援用」と言う)はじめて時効が完成します(民法第145条)。
たとえ時効期間が過ぎていても、明確な時効援用の意思表示がなければ債権は消滅していません。
加えて、相続人確定時から6か月を経過するまでの間の相続財産については、時効は完成しないと民法で規定されています(民法第160条)。相続発生後しばらくは猶予期間があるため、時効が迫っている人は後述する「時効の完成を防ぐ方法」を速やかに実行してください。

相続の時点で消滅時効の期間が迫っている場合、まずは時効の完成を防ぐ必要があります。
時効の完成を防ぐ方法には、大きく分けて「完成猶予」と「更新」があります。

時効の完成を防ぐための手段は以下の一覧表の通りです。具体例と合わせてご確認下さい。
| 手段(事由) | 法的効力と具体例 |
|---|---|
| 催告 (民法第150条) | 【法的効力】 6か月の完成猶予 ※催告による完成猶予は1度限り 【具体例】 債権者が債務者に内容証明郵便で支払いを請求する |
| 仮差押え、または仮処分 (民法第149条) | 【法的効力】 6か月の完成猶予 【具体例】 債権者が裁判所に申し立てて民事保全手続きを行う。「仮差押え」では、債務者の銀行口座や不動産取引などの取引を防ぐ |
| 協議を行う旨の合意 (民法第151条) | 【法的効力】 (早い方が適用) 合意時から最大1年または協議拒絶通知から6ヶ月まで完成猶予 ※繰り返しで合計5年間の猶予可能 【具体例】 債権者・債務者の双方で債権について話し合うことに合意し、合意内容を書面または電磁的記録(電子メールなど)で残す |
| 債務者による債務の承認 (民法第152条) | 【法的効力】 更新 【具体例】 ・債務者が債務の一部を返済する ・債務者が返済猶予の申込を行う ・債務者が書面や電子メールで債務の存在を認める(できれば念書を交わす) |
| 裁判上の請求 (民法第147条) | 【法的効力】 事由終了まで完成猶予 権利確定後に更新 【具体例】 債権者が裁判所に申し立て、以下いずれかの方法で手続きを行う ・裁判上の請求 ・支払督促 ・和解および調停の申立て ・破産手続参加、再生手続参加など |
| 強制執行などによる手続き (民法第148条) | 【法的効力】 事由終了まで完成猶予 権利確定後に更新 【具体例】 債権者が裁判所に申し立て、以下いずれかの方法で手続きを行う ・強制執行 ・担保権の実行 ・民事執行法に規定する形式競売 ・民事執行法に規定する財産開示手続または情報取得手続 |
※債権者=債権を引き継いだ相続人 債務者=債権の請求相手
「完成猶予」とは、時効進行のカウントを一時的にストップする方法です。たとえば、消滅時効の期限まであと2か月の状態で上記の“内容証明郵便による催告”を行うと、6か月の間は時効進行のカウントが止まります。ただし、進行を止めている間に次のアクションを起こさなければ、6か月後には再び「あと2か月」の状態に戻ってしまうため気を付けてください。
「更新」は時効期間をリセットし、再び時効のカウントをスタートさせることができる方法です。たとえば、消滅時効が5年の債権で「消滅時効まであと2か月」の状態だとします。このとき、債務者から債務の一部でも返済をしてもらえれば、更新とみなされ、再び「消滅時効まで5年」の状態にリセットされます。
時効間近でこれらの手続きに移行する際の流れは、「状況に応じて法的手段を講じる」の章で詳しく解説しているため、あわせて参考にしてください。

相続発生後、債権を回収する際の基本的な流れは以下のとおりです。

債権回収は状況によって適切な手段が異なります。いきなり法的手段に訴えても、相手の感情を逆なでしてしまい、話し合いの余地がなくなることも考えられます。
時効期限が迫っているなどの事情がなければ、まずは電話したり、会って話したりする方法から始めるとよいでしょう。最初は相手の状況や反応を見ながら柔軟に対応し、どうしても回収困難な場合には法的手段を講じるという流れです。ここでは、法的手段に移行する前に取るべき方法を解説します。
相続人が確定したら、債務者に「相続で債権者が変わった」旨を速やかに通知します。通知に決まった形式はありませんが、可能であれば電話やメールなどで連絡した後、直接会って伝えるのがよいでしょう。
【通知する内容】
面識のない相手にいきなり書面を出しても関係性をうまく築けません。また、債務者によっては債務や滞納自体を認識していない可能性もあります。
最初に会って挨拶をしておくほうが、後々支払条件の交渉や督促をする際もスムーズに連絡できます。まずは丁重に接してみて、支払いの意思がどれほどあるのか、相手の様子を窺いましょう。
債務者と面識を持った後は、電話やメール、書面などで督促します。
約束の期日に返済がなくても、始めは「お支払いをいただけていないため、対応をお願いします」と丁重に督促しましょう。払う気がないわけではなく、単に資金繰りが厳しかったり、支払期日を間違えていたりする場合もあります。事情にあわせて分割払いや期日の変更などの対応をすれば、支払いに応じてもらえる可能性も高くなるでしょう。
この段階で債権を回収できれば法的手段を講じる必要がなく、回収にかかる時間や費用、心理的な負担も抑えられます。できる限り穏便にすませられるよう、適宜話し合いもふまえて督促していきましょう。

「電話やメール、手紙などで連絡しても相手から反応がない」「連絡は取れているが一向に返済されない」場合、そのまま督促を続けていると時効が進行してしまいます。
時効の完成を防いで確実に債権回収を行うには、法的手段を講じるしかありません。ここでは、状況に応じた法的手段を紹介します。
返済はなくてもまだ話し合いができる段階であれば、費用負担が小さい「民事調停」を検討しましょう。民事調停とは、裁判所の場を使って債務者と話し合う方法です。弁護士依頼は不要なため費用負担は軽く、比較的簡易に手続きできます。
民事調停を申し立てると、調停事件が終了するまでの間は時効が一時ストップします(時効の完成猶予)。調停が成立すればその時点で時効期間がリセットされ、新たに時効のカウントが始まります(時効の更新)。そのため、費用を抑えつつ時効の完成を防ぐ方法として有効です。
ただし、民事調停では債務者の同意が必須です。同意がなければ調停は成立せず、時効の進行も止められない点に気を付けてください。
相続発生時点で時効期間に差し掛かりそうなど、とにかく時間がない人は取り急ぎ内容証明郵便で債権相続の旨を伝えて「催告」します。その後、「債務者による債務の承認」を取り付けて時効をリセットしましょう。

内容証明郵便による催告は、時効の完成を防ぐ方法の中でもっとも簡単に取りかかれる方法です。ただし、この方法で時効を猶予できるのは1度限りです。催告による時効猶予期間中にもう一度催告しても、時効がさらに延長されるわけではありません。
そこで、催告の際に少額でもよいから一部だけでも返済してほしい旨を伝えましょう。一部でも返済の事実があれば「債務者による債務の承認」として時効期間をリセットできます。また、電子メールや書面などで返済の意思を確認する方法も「債務者による債務の承認」として有効です。
どうしても口頭でしかやり取りできない場合は、証拠を残すために会話を録音しておく方法もあります。
「催告や民事調停をしても一向に返済されない」「相続発生前から連絡が取れていない」こんなとき、確実に時効の完成を防ぐには裁判所に申し立てるしかありません。
以下は、裁判所に申し立てる方法の一例です。

まずは裁判所に支払督促を申し立て、債務者の反応によって強制執行または訴訟に移行します。ただし、訴訟に移行すると費用も時間もかかるうえ、債務者との関係性も破綻してしまいます。場合によっては、訴訟費用が債権残高を上回る可能性もあるでしょう。
債権回収のための訴訟は債権者にとっても大きな負担になります。債権の残高と訴訟の費用を照らし合わせたうえで、慎重に検討したうえで判断しましょう。

故人が貸していたお金や事業の売掛金を回収する権利=債権は、回収の有無にかかわらず相続財産に含める必要があります。他の預貯金や不動産などの財産と合計した相続財産が基礎控除額以上であれば、相続税申告の対象です。
債権を申告する際、利用するのは「相続税申告書第11表」と「付表4」です。詳細の記入方法はこちらの記事で確認しているため、参考にしてください。
京都市在住。 金融代理店にて10年勤務したのち、2018年よりフリーライターとして独立。 金融・不動産・ビジネス領域の取材・執筆を中心に活動中。